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映画「太平洋の奇跡」撮影 エキストラ出演体験記 〜 “タッポーチョ”での日々

5月の中旬、日本人会より、「タイで“太平洋の奇跡”という映画を撮影するのでタイ在住の日本人エキストラを募集する」との情報があり、「時間が自由で、言い換えれば暇でいつでも参加できる川西にうってつけではないか」ということで友人から推薦を受け、応募したところ、栄えあるエキストラ出演が決定しました!


映画のエキストラというと普通レストランの奥のほうでこそっと食事をするとか、街頭を歩き足早に通り過ぎる役を想像していました。ところが第一日目より有名俳優さんの近くにいて「これでほんとうにエキストラか !?」なんて思いました。映画に写るかどうかより、映画づくりの雰囲気に浸かり、臨場感を味わうことができ、感動的で大変貴重な体験をさせていただきました。
今は撮影が無事終り達成感と少し寂しい気持ちのなかで書いています…。


撮影はサイパンと風景が似ていて、優秀な撮影スタッフが豊富なタイが選ばれたようです。大変暑い5月よりスタート、赤服のデモで危険な最中、日本より来られた俳優さんやスタッフの方々はさぞかし不安だったことでしょう。まして外国の片田舎で3ヶ月間生活することは大変だったと思います。


早朝にロケ地に着き出演衣装(汚れた民間人)に着替え、メイクアップというよりメイクダウン(黒く汚く元気なく、ジャングル生活のメイク)をして、用意された美味しい朝食をいただき出番となります。今回はどんなシーンかは解りません。
撮影は1シーン毎に、真剣で平山監督の作品づくりの意気込みとそれに応える俳優さんの演技をつぶさにみることができました。映画はこのようにして作られるのかと感心しました。あとさき関係なく山で撮影したり、ビーチの収容所で撮影したりをつなげるなんて神業みたいで、今日のシーンはどの場面に嵌まるのかなどと考えると、その夜はとても眠れませんでした。


私は合計8回の参加でしたが、エキストラの中ではかなり沢山のシーンに出ており、役者さんになったような気分でした。有名な俳優さん(竹之内さん、光石さん、ベンガルさん、酒井さん、阿部さん、小島さん、井上さん、岡田さん、30隊の皆さん)とも話すことができ、30cmの距離で壁になりウキウキの撮影でした。公開されたら手とか足とか胸の壁、禿げの後頭部が写っていると思います。
一生懸命仕事されながらも、いつも明るいスタッフの方々ともお知り合いになることができ、我々にとっては大変楽しい撮影でした。俳優さんやスタッフの皆さんは暑さと蚊とコウモリウイルスとぬかるみでまいったことと思います。


戦争は悲惨で、実際に行かれた方は楽しい思い出なんか無く、多くを語りません。
大場大尉は民間人を助け勇気ある投降をされました。「捕虜になり辱めを受けるより死を選べ」の教えを受けたにも関わらず、命の大切さを尊び、生き延びることを選択しました。苦渋の決断だったと思います。これが真のサムライではないでしょうか。 映画が機会で学ぶことも多くありました。


私も今年で65才、戦後と共に生きております。タッポーチョの山で皆さんが戦い、過ごしていた時は生後3ヶ月でした。この映画に出演・参加できたのも何か縁を感じます。一緒にエキストラとして参加した皆様ご苦労様でした。子供達は坊主頭にされ、女性はメイクで真っ黒にされても楽しそうでモンペ姿も似合っていました。思い出に残る忘れられない経験をされたことと思います。
このような機会をあたえていただいたチョンブリラヨーン日本人会の怒和会長、甘木プロデューサー、助監督の蝶野さんや皆さんに感謝申し上げます。  映画「太平洋の奇跡」が大成功になりますことを祈って筆をおきます。



(川西信行)


 



映画「太平洋の奇跡」撮影 エキストラ出演体験記 〜 クランクアップを迎えて

約2ヶ月にわたったタイでの撮影も、ついにクランクアップを迎えました。
おめでとうございます♪
出演者の皆様・スタッフの皆様、本当に暑い中お疲れ様でした。


私は、計7回(音取りも含め)エキストラで参加しました。
村での生活や収容所の生活、爆撃されて血まみれになったり、米兵から身を隠したり、さまざまなシーンに参加することができ、素晴らしい経験になりました。


最初は、エキストラ=通行人 と思っていたのですが、セリフこそないものの、ただその場に立っているだけではなく、シーンに応じた表情やちょっとした演技を求められることもあり、イメージとは裏腹に驚きの連続でした。


30部隊の若手の俳優さんたちとご一緒することも多かったのですが、俳優さん同士でどのように演技するか話し合ったり、私たちの演技のサポートまでしてくださり、皆さんの役者魂には感服しました。
30部隊のシーンで一番心に残っているのは、音取り(いろいろなシーンの音(声)だけを録ること)の時のことです。俳優さんたちは、カメラが回っていないにも関わらず、突撃に逃げ惑う音、撃たれ苦しむ声など、ものすごく迫力のある「音(声)」を全身で表現なさっていました。
しかし、簡単そうに思えるこの「声だけの演技」が、実はものすごく難しく、私たちエキストラはさんざん悩まされました・・・。叫び声ひとつにしても、「その「キャ〜」はちょっと違いますねぇ」とスタッフの方に指摘されても、一体どの「キャ〜」が求められているのか、さっぱり検討もつきませんでした(笑)。
苦労したからこそ、印象にも残っているのですね。


チャンタブリの洞窟で「米兵から身を隠すシーン」はものすごく過酷で、鋭くとがった岩の間に身を潜め、何とも言えない緊張感がありました。
その日の昼食は、雨でぬかるんだ場所に立ったまま食べましたし、さらには、ちょうど私が差し入れしたお赤飯も、監督をはじめ、みんなが手づかみで食べたので、戦場さながら・・・といった雰囲気でした。


今回、私の子供たちも参加させていただきましたが、恥ずかしがっていたのも束の間、非日常的な経験にだんだんと興味を持ち、俳優さんの演技やスタッフの方々のお仕事ぶりを真剣な眼差しで見ていました。
「映画の裏側」を体験し、子供たちにとってもとても良い勉強になったようです。


私自身について言えば、有名な俳優さんたちに会える!というだけでも夢のようでしたが、タイ在住のいろいろな方と出会えたことが“ラヨーンの奇跡”だと感じています(^^♪これらの経験と出会いが、私の生涯の宝物になることは間違いないです!


すべてが終わってしまった今、脱力とでも言うのでしょうか。本当に寂しくなってしまいました・・・(泣)。
あの日々が夢の中で、今は夢が覚め、現実の世界に引き戻されてしまったような感覚です。


最後になりましたが、出演者の皆様、スタッフの皆様、日本人会関係者の皆様、本当にありがとうございました。
映画の成功と皆様のさらなるご活躍とご発展を、このラヨーンよりお祈りいたしております。


 


(Wakako)


 


映画「太平洋の奇跡」の撮影風景は、アルバムページにてご覧いただけます。


 





     

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